アイデア箱

田舎にいるからこそ情報に敏感になろう。

情報社会

こんにちは!伊豆・松崎町地域おこし協力隊のてらけんです。

本日は情報社会を生き抜くためには!?

、、というには程遠いですが。。^^; 笑

情報にのまれないようにしたい、という個人的な想いも込めて書いてみます。


情報って?

溢れかえっている情報

インターネットもSNSももはや当たり前になった現代社会。

情報、 正直言ってありすぎです。笑

それが良いかどうかは別として、凄まじい情報量ですよね。

今は一応、情報発信役みたいなものをやってみようと思って、その情報の嵐の中に片足突っ込んで生活をしているのですが、

ホント、情報疲れハンパないです。

( ;´Д`)

デジタルデトックスしなきゃいけないな、とつくづく思います。

でもデジタルデトックスって効果あるのかな、ってまたスマホで検索してしまいます。。 なんだこのパラドックス。。( ;´Д`)

情報の嵐の中にいると、そりゃあ疲れることもありますが、ワクワクすることもあります。

その点、「やっぱりこれからは(というかもうすでに)情報社会なんだなあ」とよく思うことが多いです。

「いや、こういうときことアナログだ!!」 という意見もありますが、そういうゼロイチの議論じゃなくて、どう自分たちの生活に取り込んでいくかがポイントになっていくと思います。

自分に必要な量とってくる。 余ったものは提供する。

そう、食物の取引に似ている感覚だと思うのです。

獲得方法が変わった情報の有様

自分の好きなものを注文して食べるように、情報を獲得する。 自分に必要な栄養素を補うように、情報を獲得する。 どうしても欲しいものはそれなりの対価を払って、情報を獲得する。

今までは情報提供者が少なかったからそこまで「選ぶ」動作が必要なかったんですよね。テレビだったり、ラジオだったり、一応チャンネルはあっても新聞の番組欄におさまるぐらいの選択肢の量。

八百屋さんで例えるなら、通年で採れるものなんてなくて、その時期その時期の旬のものが店頭にならぶ。 冬に夏野菜なんて売ってないし、外国産のものもなければある意味夕食の献立に悩まない。 「この時期はダイコンしか売ってない」みたいになるから。 え〜またダイコン〜っていう声はありそうですが、別にそれしかないならそれが当たり前。

でも今は違いますね。 野菜ですら通年あるものが多い。

情報も同じで、例えば映像情報なら、テレビ以外の情報媒体もものすごく充実した。最近の私の場合は、NewsPicksさんの「WEEKLY OCHIAI」に大ハマりしていて、まともにテレビを見なくなりました。笑 ネット配信されているコンテンツもカウントするなら、テレビ欄におさまるわけないですよね。^^;

だからどんどん「まとめサイト」みたいなものが発達して、必要なものをとってくるようになった。

それでもどんどんどんどん情報が溢れてくる。。

というより、消えなくなったんでしょうね。ストックされ続けているというか。

その点、食物より情報の方が加速度的に量が増えていくのでしょう。

あなたの”情報”食生活は大丈夫ですか?

私はものすごく不健康です。( ;´Д`)

情報で勝負しよう!

ここからは少し方向性を変えてみましょう。

テーマは、 「地方×情報」 。

地方は不利?

地方と都会を比べて、情報量が多いのはどちらでしょうか。

断然都会ですよね。

「ランチでイタリアン行きたいな〜」と思って検索したらものすごい量のお店がヒットするでしょう。 まさに情報量が多い。

逆に、松崎町の場合は2軒ぐらいです。笑

そもそもないんじゃ情報も少なくなるでしょう。

ただ、今の比較はおかしいところがあります。

正確には“イタリアンのお店の”情報量が多いのはどちらでしょうか」という問いになります。 それは圧倒的に都会。

何が言いたいかというと、一口に「情報」と言っても、“なんの?”というところを考えてみるとちょっと違うのではないかなと思うのです。

特に、今の社会では「なにもかも全部の情報量」で言ったら溢れすぎていて、自分に必要な情報以外は捨てたい世の中になっています。

だからなおのこと “なんの?” 情報なのかはとても重要です。

先ほどの問いにもどって、「”イタリアンのお店の”情報量が多いのはどちらでしょうか」という問いに、

【おいしい】

を追加してみましょう。

“おいしいイタリアンのお店の情報量が多いのはどちらでしょうか」

ということですね。

これでもまあ、まだ都会の方が多いだろうというのは直感的に感じるところですが、あくまで極論として考えると、

もしかしたら地方かもしれない

ですよね。 仮にですが、都会には一軒も”おいしい”イタリアンがなかったとして、松崎町の2軒のイタリアンの方が”おいしい”のだとしたら。 (←実際松崎町のお店は全部おいしいんですよ!^^)

地方の方が情報量が多いのです。 (ちょっと無理やり?^^;)

もう少し絞ってみて、

【あなた好みの】

を追加してみましょう。

“あなた好みのおいしいイタリアンのお店の情報量が多いのはどちらでしょうか」

ということですね。

これなら絶対松崎町!! 松崎町のイタリアンは絶品ですから!! (無理やりすぎ^^;)

というのは冗談ですが、でももしかしたらそうかもしれませんよね。多くのお店の味があなたにとっては合わないかもしれない。 そうするとちょっと様子が変わってきます。

地方は有利?

さらに地方の方が有利:地方の方が情報量が多いという仮説を膨らませていきましょう。

私はつい昨日いつもお世話になっている方にお会いしたときに、「キャベツ・ダイコン・わさび菜・ネギ・ブロッコリー…etc」をもらいました。

地方ではよく親戚同士やご近所さんで野菜をやりとりします。

夏野菜なんて大変なんだそうです。笑 たくさん採れるし、ストックしておけないのに、自分たちだけでは食べきれないから。

そんな「おすそ分けの情報量が多いのはどちらでしょうか」

あ〜でもこれも都会の方が実際には多いのかな。。^^;

いや!地方の方が多いだろう!!笑

松崎町では一昨年、サザエが大量がとれたことによる、「サザエロンダリング」が起きたそうです。笑 どこかに行くとすぐサザエを持たされるというww なんと贅沢な悩みなんでしょう。。

お隣に誰が住んでいるかもあまりわからない都会では、なかなかないコミュニケーションですよね。 だからこそそこの流通量って地方の方が多い気がして、それでも絶対量の人間の数が多いからわからないのかもしれませんが、一人あたりで比較してみたら違うでしょう。

ん〜、、言い換えるなら、、

「タダで流通しているお野菜の情報量が多いのはどちらでしょうか」

とかですかね? ^^;

自分で情報を定義できる立場であろう

ちょっとよくわからない話になってしまいましたね。笑

この検討で何を伝えたかったかというと、

情報が多い ということは 案外曖昧なものだ

ということです。

どこに情報が多くて、どこに情報が少ないのか。

それを比較するのはとても難しいことだと思うのです。

よく、「地方は情報が少ない」という話を耳にします。

でも実際に暮らしてみて思います、情報が少ないなんてこと全くない。

めちゃくちゃおもしれー情報がそこら中に溢れていますよ。

やれ鹿がかかったらしい、出荷量は少ないけど幻のポンカンがある、飛鳥時代から受け継がれている保存食塩鰹は卵かけご飯にかけるとうまい、

すげー情報ばっかりです。

でも「すげー」と思うのも”私にとって”ですよね。

だいたいこの手の話を地元の人に「それすげーっすね!」というと、「別に」と言われることがほとんどです。笑

その相手にとってはその程度の情報に、私は感動したわけですね。

私は「情報としてカウントした」けれど、その方にとっては「情報としてカウントされなかった」

これぞまさに、 情報が多い ということは 案外曖昧なものだ と思う所以です。

そう考えると「地方は情報が少ない」というのはとても狭い見方で、偏見に近いものがあります。

「どういう」情報が、「どこで」「誰に」求められていて、

「どういう」情報を、「どこで」「誰が」持っているのか。

その辺りの全体像を把握して繋いでいくことが情報を増やすことにつながると思うのです。

そうすると、「地方は情報が少ない」という説の根底にあるものも見えてくるような気がして、

あくまで、「”絶対量としてたくさんの人間がいる都会に合致した”情報が少ない」のだと思います。

それはものすごく感じます。

たまに出張で東京で電車に乗ると、つり革の情報が全部新鮮なんです。笑

なぜかって松崎町に住んでいると巡り合わない情報ばかりだから。

「へぇ〜こんな商品でてるんだ〜」と思うことばかりでキョロキョロしてしまいます。

それって逆に言えば、松崎町にはニーズがないってことですよね。 もし松崎町でも同じようにその情報が欲されているなら町中に情報があっても良い、つり革はないですけど。

それぐらい都会と地方で消費される情報は違う。

だからたっくさんある地方の情報はカウントされない。 結果、「地方は情報が少ない」

もったいないですよね。

だから地方に必要なのはそこのアダプター。変換器みたいなものなんだと思います。

情報量はある。 むしろ他にはない情報がわんさかある。

あとはそれをどうニーズに合わせて変換するか。 消費してもらえるように。

ん〜でもやっぱりそこって難しいですね。^^; 私自身が電車人混み大っ嫌いの田舎者なので。 逆の感覚がわからない。

だからできるだけ情報の嵐の中に突っ込んで、情報に敏感であるように努力しています。

そこから都会や情報社会が求めている情報の傾向をつかんで、地方の情報をのせていくように。

でもまたそれが難しい。

今度は地方の傾向と乖離してしまうから。 基本的には相反する二つの傾向の間を右往左往するわけです。

う〜む、悩ましい。。

いろいろ調べていると、やっぱりそこを埋めるのは継続しかないようです。

継続していくことで情報量のストックが増え、さらに評価されることで淘汰されていき、だんだんと見えてくるものなのだそうです。

いつか実を結んでくれると良いのですが。笑

でも! 情報を発掘すること自体は今の時代でも誰でもできますよね。

是非この機会に自分の身の回りの情報を発掘し、発信していきませんか? 思わぬ価値の創出に繋がるのかもしれません。

それに、発掘→発信のサイクルをまわすことで初めて見えることもたくさんあります。

情報疲れも起きますし、悩むこともありますが、私は悪くないと思います。

情報やデジタル離れるからこそ田舎は良いのだ!みたいな地方にいて黙っていると、どうしても鈍感になってしまいます。

そして、限られた情報の中で堂々巡りしてしまって暗中模索してしまう。。 それはそれで情報疲れとはまた違う苦しみがあるような気がします。

情報社会・情報の嵐の中にいれば世界が広がるよ!!! みたいなことまで言うつもりはありませんが、^^;

そういう接点があるのも有益なのではないでしょうか。それこそ物理的に離れている地方という環境にいるならば。 都会の場合は情報に触れるチャンスが多くて、たまたま帰りに寄ったところで面白い情報を仕入れたなんてことがあり得ますが、田舎だとないですもんね。

例えばですが、こんなこともありました。。

正直言って、「やべぇ。。」ってなりましたね。^^; 笑

すぐ追いついていかないと、ものすごいスピードで進化してるんだな、と。。 ぼやぼやしてる場合じゃない!

皆さんで情報を活用していきましょう!

てらけん



 

ABOUT ME
てらけん
静岡県富士市出身。仙台で建築を学んだり、信託銀行で金融を学んだり、伊豆で地域おこしをしたり。

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